4. 光と闇の境界で
「親父が死んだ…?オレが殺しただと…!?」
そんなはずはないと、コゴローの背後でサイフォンが激しく反発する一方、カドクラは黙って話に耳を傾けていた。
「息子であることを利用し、本来四カ国会議へ赴くはずだったリュウビどのを引き留めてブラックベガさま達のいぬ間に暗殺…。赤の国の重役を始末した功績を売りにして青の国へ取り入ろうとしたんだろうがこのド畜生!そこの青の国のマジンとつるんでやがるのが何よりの証拠だコラァ!!」
ガルガはやや芝居がかった口調でまくしたてた。実際に芝居を打っているわけではなく、元よりこの口調なのだ。
「アンダスタン…そういうことだったか。」
閉口していたカドクラが不意に口を開いた。
「青の国での案内と護衛を依頼されて引き受けてみれば、トンだ国際指名手配犯だったワケだ…ただの亡命者ならともかく国賓級を殺害した腫れ物なんざソーリーこうむるぜ。」
「なっ…!カドクラ、お前まで裏切るのか!」
コゴローはカドクラに掴みかかったが、逆にカドクラがコゴローを鷲掴みにして顔をグッと近づけると、オーソドックスな"ガンを飛ばす"姿勢になった。
「勘違いしてるぜユー…てめえなんざと仲間になった記憶はナッシング…寧ろ営業妨害として賠償請求したいくらいだぜクライアント…!」
ドスの効いた声でそう言いながら、カドクラはコゴローにしか聞こえぬ声で囁いた。
(オレ達は赤の国へ向かう、ユーは青の国へフルパワー逃げろエスケープ!)
(…!疑ってすまねえ、カドクラ!)
カドクラは踵を返してガルガの方へ向き直ると、どのようにしまっていたやら、大人の拳大程もある金塊を取り出した。
「コイツから受け取った報酬だ、どうせリュウビハウスからスティールした品だろうノーセンキュー。資金洗浄に利用されたと誤解されん、返すぜフォー・ユー。」
そう言ってカドクラがガルガの足元に金塊を投げると鈍い音を立てて草の上に転がった。当然コゴローは金など渡していなかったが、こんな物まで持ち合わせているとは、探偵としてのカドクラに初めて感心した。金塊に歯を立てて本物の純金であると確認すると、ガルガは生唾を呑んだ。
「さ、さっすが"ワル"の御仁は話が解るぜぇ、オレも若い頃はよくお世話になったかんな~!カドクラさんって言いましたっけ?お主も相当のワルじゃの~!グフフ。んじゃ、コレは証拠品としてオレが責任を持ってお上に届けますんで…。」
そう言って気色の悪い笑みを浮かべながら金塊を自分の影の中に押し込むガルガを、隣のマジン二人は横目で訝しげに睨みつつ黙っていた。
「ユー、この夢草のボウヤにも書状は出てるか?」
「や、むしろ夢草王さまから保護してやるよう要請出てるだけっすねハイ。」
「I see、そうなればこのボウヤを赤の国までエスコートするミッションに変更だナ。後は好きにしな。」
「ぽよ?!ぽよよ~~!!」
カドクラに担ぎ上げられたサイフォンはコゴローを助けに行こうと抵抗したが、その姿が見えなくなるまでカドクラの肩越しで心配そうに見つめることしか出来なかった。
(これがオレに出来るベストアクションのはず…全く、ミスターリュウビの先見の明には恐れ入る。結果的にオレを雇ったのは正しかったワケだ、ワーストな形で…!老体とはいえミスターリュウビはかつて戦場で名を馳せた人物、本当に殺されたとは限らない。バット、殺されたと発表したなら生かして逃すつもりはないだろう…。ナウは赤の国へ行くしかない。コゴロー、無事に逃げ切れよマスト…!)
コゴローを一人残しての去り際、そう思いながらカドクラは右手の小指を見つめた。
◇ ◇ ◇
小柄で空が飛べるコゴローはスピードには自信があった。更に背面に3本のジェットエンジンの様な筒状器官を持ち、体内のエネルギーを燃やして猛スピードで飛ぶこともできた。そのお陰で一旦ガルガ達を振り切ったものの、森で迷ってのたれ死んでは意味がない。地図も羅針盤もサイフォンとカドクラが持っていたのだ。二度通った道とはいえこの深い森を勘だけでは進めない。こういった場所では真っ直ぐ歩いているつもりが同じ場所をぐるぐる回っていたということもあるのだ。
しかし捕まるわけにはいかない。
ふとコゴローが地面に視線を下ろすと、妙な物が落ちているのに気づいた。目を凝らして見てみると、噛み割られたヒマワリの種の殻だった。当然この深い木々に覆われた森にヒマワリなど生えておらず、青の国からの道中、カドクラが絶えず口にしていたものであった。極めて小さく草や落ち葉の間に隠れて見えづらいが、確かにほぼ一定の間隔に落ちている。
「ったく…恩にきるぜ!!」
カドクラが残した目印と微かな記憶を頼りにコゴローは森を進んで行った。
休息を取りながら一日以上かけて進んだ道のりを休む間も無く半日で引き返し、疲労が限界に近づき始めたとき、コゴローはあの小川に辿り着いた。この川を下ればカドクラの小屋だ。が、その時だった。
「GAーAAAAAAAAAAAH!!や~~っっと追いついたぜいコゴローよぉ!!」
森にこだましたのはご機嫌なガルガの笑い声だった。おかしい、かなりの距離を引き離したはず…コゴローが周囲を見渡すと、まだ日没の時間でこそないが、森は既に薄暗く、青白い光が木々のシルエットを落としていた。
「し、しまった!」
木の影の中を猛烈なスピードで泳ぐ者がいた。闇が泥の様に波打つ。コゴローの背後で影は大きく膨らみ、飛び出したのは闇潜みのガルガ、彼である。
「遅い遅い遅いィィ!!てめえのスピードなんざ闇の中のオレにとっちゃナメクジみてえなモンだぜクソザコがァ!!まっ、ザバディ・デス・ウルフパイセンみてえに瞬間移動はできねえけど…ともかく!おめえは既にこの暗闇ナワバリバトルで敗北してんだよォォォ!!」
ガルガは不意打ちでコゴローを殴り飛ばすと再び影の中に飛び込んだ。
「クソッ…!影から影に逃げ込みやがってこの陰湿ヤローが!!」
挑発も気にかけず、ガルガは影から影に飛びながら容赦なくツノで、翼で、尻尾でコゴローを滅多打ちにする。
「ウリィィィ!!オレの!心は!この影の千倍暗いィィィィ!!!」
満身創痍のコゴローにはたった一つ隠し技があった。しかしそれを使えば完全に力尽きるのは明白だった。
(それでも…やる前に力尽きるよりはマシだ…!)
コゴローは逃げるのを止め、影に飛び込んだガルガに対して面と向き合った。
「遂に死にたくなったかコゴロー!安心しな、てめえはデッドオアアライブ!死体になってもちゃ~んと連れ帰ってやるからよぉ!!」
「ハッ、半端な横文字使いやがってどっかの探偵の口調移ってんじゃねえかガルガァ!死ぬのはてめえだゴートゥーヘル!」
そう言うとコゴローは中指を突き立てるでなく、両手を後ろに伸ばしピタリと合わせて細長い姿に変形した。
「しまった、魔弾モードか!!」
背面の三つのジェットエンジンに加え、コゴローの両手指までもがブースターと化してロケット弾の如くガルガに突進した、が、ガルガは間一髪で真下の岩陰に逃げ込んだ。
「ヒャーハハァー!!これで万策尽きたみてえだな!」
「違うな!これも想定内だぜ!!」
コゴローが勢いをそのままに飛んで行く先は真っ直ぐ、小川の下流だった。
「なにぃ~~~!?このまま逃げる気か~~!!」
合計九つのエンジンが生み出すスピードは、流石のガルガをも超越していた。
◇ ◇ ◇
日が傾いていた。カドクラの小屋がある小さな平原も朱色の夕日に照らされている。平原に、一本の人影が長く伸びていた。
「カドクラ、どこに出かけたのかな~。もう夕方なのに。」
影の主は少年だった。青い服を着ていて、瞳も青い。
「せっかくニコルさんが焼いたクッキー、こんな所まで登って持ってきたのにな~。」
くせっ毛のあるふわふわした金色の髪は風に揺られ、夕日に照らされて輝いている。
「居ないんだったら、ボクが食べちゃうぞ~。」
腕に抱えた取っ手付きのバスケットの中から、グリーンのギンガムに包まれたクッキーがほのかに香る。
「…もう5枚くらい食べちゃったけど。」
背中には、巨大な筆を背負っている。
「今更もう一枚食べても、大丈夫だよね~…。」
独り言をしながら少年はそーっとクッキーの包みを開いた。誰もいなかろうがつまみ食いの瞬間はドキドキするものだ。まさにその瞬間だった。
少年の背後で、木々をなぎ倒すほどの破壊力をもって、爆音と共に何かが墜落した。
「どわあ~~~ッ!!」
タイミングがタイミングだったので少年は盛大に驚きひっくり返った。
「な、な、な、なんだあ~!?隕石でも落っこちたか!?」
少年が駆け寄ると、大量の砂煙の中からやっとの事で這いだす者がいた。
「本当に力ぁ入んねえやもう…つってもすぐ追いつかれるだろうな……あ?」
「キミは…?」
少年とコゴローが始めて目を合わせた瞬間だった。太陽はいよいよ西の山脈に沈み始め、一番星が輝きだす。
夜が近い。
更新:2016/05/30