エコロジスタン

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3. 桃園の約束

分け入っても分け入っても青い山…その中をフワフワ飛びながら進む桃色の丸い影と、その後をぽよぽよ飛び跳ねてついて行く黄色の丸い影があった。桃色でハート型、あるいは心臓を思わせる形とサッカーボール大の身体に、大きな目と口、太くて赤い眉毛が特徴的なマジン、コゴローは、親友で夢草族のチャン・サイフォンと共に山中を進む。赤の国のマジンである二人が目指す先は青の国の領地だ。

赤と青の国境は災九龍の影響でキナ臭い雰囲気を醸し始めていたが、ここはまだ災禍を受けていない。しかし正規の道は検閲が厳しくなり通行制限も始まっている。が、彼らがこの道なき道を行く最大の理由は、これから訪ねる人物が実に辺鄙な場所で暮らしている為だった。

「道がないんじゃ地図は役に立たねえな~…。羅針盤頼りだぜ。」

「ぽよよ~!」

同じような景色ばかりの山の中を数日進み続けて辟易するコゴローと対照的に、サイフォンはずっと楽しそうだった。森の空気をいっぱいに吸い込むと頭に咲く鮮やかな花を震わせ、たまらないと言った様子だ。手足は短かくて歩くのは苦手なくせに森の中では妙に機敏である。そんなサイフォンを傍目にコゴローはため息をついた。

「ったく、こんなとこに住んでるなんざ仙人か何かか?そのカドクラってやつァ!!」

◇ ◇ ◇

事は数日前に遡る。それは四カ国会議の前、会議へ向かう要人達が赤の国を出発した日だ。コゴローの父である竜大使リュウビは、政治中枢に携わる夜叉族の重鎮であるにも関わらず、四カ国会議には同行しなかった。

「行かなくて良かったのかよ、親父。」

「行ったところで私がすることはない。腕っ節のある者を連れて行った方がよかろう。荒れるだろうからな。」

「?」

リュウビの住まいは年代物でかなり古いが立派な屋敷である。庭園には池があり、周りにはリュウビが手入れしている見事な樹木と花が植えられている。今は桃の花が咲き部屋の窓からは見事な景観が一望出来た。その窓をリュウビはカーテンで閉ざすと、薄暗くなった部屋で再び話を始めた。

「四カ国会議ではクリスタルを用いた災九龍対策が提出され、可決される見通しだ。それに伴い銀の国へクリスタルが移出されることになる。」

「マジかよ…遂にクリスタルを使うのか!」

「我が国は先立って銀の国とこの案を話し合い、合意済みだ。」

「てことはウチの主張が通るのか、銀の国とは同盟だし、良いことじゃねえか。」

「それがな、そうなると我が国はこの災九龍で損害を受け国力を大幅に落とした上、銀の国に頼りきりになるのだ。まして銀の国がクリスタルを保持すれば国力の差は歴然となり今の同盟関係を維持できなくなる。最悪の場合、銀の国の属国となるだろう。」

「属国…!?だからって…助けを拒んで災九龍を放って置くなんて酷すぎるぜ?」

「その通り。だから私も賛成した。しかし妙なのは他者に頭を下げることを嫌い己の支配力を保つことを良しとする魔鬼達がやけに積極的なことだ。そしてなにより…」

リュウビはコゴローに近づき、声をひそめて言った。

「ブラックベガどのは…クリスタルの移出こそ真の目的と見受けられる。」

コゴローはリュウビの険しい目を見た。身体は大きいが戦士としての力は衰えた、しかしその威厳は今も昔も変わらず、竜の瞳は力強く事の重大さを物語っていた。

「…俺は何をすればいい?」

「何事も先手先手を打つことだ。四カ国会議の結果を待つ必要はない。私は大使として銀の国へ赴く。お前はまず青の国へ行き、ある探偵の協力を得るんだ。国境が険悪になる前にな。」

「なんでわざわざ青の国のマジンに…?余計怪しまれるじゃねえか!」

「心配には及ばん。かなりのやり手だ、必ず役に立つだろう。」

「でも…。」

リュウビは再びカーテンを開き窓を開けた。桃花の甘い香りが風と共に漂う。

「なんと言っても、お前は私の息子だ。なぁ~~~んにも恐れることなどない!」

リュウビがにっと口角を上げると、自然とコゴローも白い歯を出して笑った。

「へへ…、それもそうだな!」

◇ ◇ ◇

コゴロー達は小川を見つけ、それに沿って山を下ると、日当たりの良い小さな平原に辿り着いた。平原からは山裾が見渡せ、青の国の集落が見えた。そして平原の隅には、質素な家と小さな畑があった。畑の傍には日に焼けてひび割れた椅子とテーブルがそれぞれ一脚置かれ、桃の木が一本だけ植えられていた。木の家は小さいがしっかりした造りで、壁は綺麗に黒く塗られ、年季の入った農具がかけられている。

本当に仙人が住んでいるのではないか…ここに来てコゴローは息を呑んだ。何せあの、コゴローさえ年齢を知らない父の知り合いなのだから。しかしこんな所で暇を食ってはいられない。

「たのも~~!!」

道場破りのような挨拶と共にコゴローはドアを二回強く叩いた。

どごん。ぼいぃん。

不思議な音だった。一つはドアが勢いよく開いた音。もう一つはコゴローとサイフォンが壁とドアの間に挟まれた音だった。

「ファ○ック…近頃の客はノックの仕方も知らないのかノーセンキュー…。」

ワイシャツ姿の男はボサボサの髪を掻きながら顔を上げた。

「Where?客がいないぜクライアント!」

近頃の探偵は客のもてなし方を知らない、壁とドアの間でコゴローは思った。

◇ ◇ ◇

中へ案内されたコゴローは私立探偵リュウジ・カドクラに事の顛末を説明した。カドクラは歯を磨きながら聞いていた。予想に反してカドクラは、今こそ少々だらしない出で立ちでいるが、山小屋で一人暮らしをしているとは到底思えぬ姿だった。黒いサングラスをかけ、髭も生えていなければ眉毛もない。額から二本のツノが伸び、ウェーブのかかったセミロングの銀髪は顔にかからない。ハンガーにかけられた黒いジャケットはきちんと手入れしてある。それはコゴローが知る"ワル"族らしい格好だった。

“ワル"とはカドクラが属す青の種族だ。青の国の中で独自の社会を持ち、政府からはあまり良い目で見られていない。と言うのもワル達は青の国の中に別の体制を築いているのだ。ワル族は幾つかの"クミ"に分かれ、"シマ"という領分の中で領民を囲い、本来の税制と異なる"ジョウノウキン"を納めさせる。更にシマの中ではクミが決めた本来の法と異なるルールがあり、それを破ると"オトシマエ"をつけねばならない。オトシマエのつけ方には色々あるようだが、一つは"ユビキリ"だという。ワルについて詳しくはないコゴローでもユビキリは知っている。友達と遊ぶ約束なんかするときはよくやった。忌み嫌われている割にワルはなかなか平和的だと思った。

「アンダスタン、ミスターリュウビの頼みとなれば断れないと言いたいバット、後はこれ次第だ…。」

そう言いながらカドクラは何かつまむようにして指で丸い形を作って見せた。

(そう来ると思ったぜ…!)

コゴローはニヤリと黒い笑みを見せた。ワルはビジネスライクな種族だ。報酬次第でどんな国のどんな連中とも取引をする。

「ちゃんと親父から預かってるぜ!ほれ、山吹色の菓子折だ!」

コゴローはこのセリフが言いたくてしょうがなかった。

「親父のことだ、たんまり詰めてあるはずだぜ、金…」

「月餅、麻花、山査子餅、蜜蕃薯、なるほどメニメニスイーツ…。」

「へ?」

カドクラが次々と包みを開けると、出てくるのは金一封などではなく、大量の赤の国の銘菓であった。

「う、嘘だろ…菓子折の中身間違えてるじゃねえか~~!!」

意気揚々と屋敷を後にして、長い道のりを辿ってきたのに…コゴローはぐるぐる目を回した。しかし、

「リスペクト…流石ミスターリュウビ、パーフェクトなチョイスだ。」

カドクラは次々と菓子をつまみ上げ、口に放り込んでリスの様に頬を膨らませた。

「おま…!?それでいいのかよ!!ていうかもう食うのかよ!!」

「ぽよ…!(さっき歯磨きしたばっかなのに…!)」

こうしてカドクラはすんなりと依頼とお菓子を呑んだのである。

カドクラは一瞬で出発の支度を終えた。ネクタイを締めジャケットに袖を通すと、目つきは見えずとも仕事の顔つきになったのがわかった。

「おっそうだ、カドクラ、これ!」

そう言ってコゴローは三本指の一本を突き出した。

「What?何の真似だ。」

「何ってワルの間ではよくやるんだろ、ユビキリ!」

カドクラは少し間を置いて、何も言わずに小指を重ねた。サイフォンはぴょんと跳ねると、指が無いので小さな手を重ねた。

◇ ◇ ◇

道無き道を遡り、三人は赤の国を目指す。道中、カドクラはどこに持っていたのかヒマワリの種をかじっては殻を吐き捨てている。甘いものが好きなのはわかったが、何か食べていないと落ち着かないのだろうか?そんなカドクラの様子を見ているコゴローは落ち着かなかった。

地図上の国境を越えて赤の国に入った辺りで、前方から近づいてくる気配があった。彼らの他にわざわざこの山道を行く者ーー三人は身構えた。

現れたのは三体の赤の国のマジン、小型禍竜、中型霊狗、そして夜叉族の荒くれ者・闇潜みのガルガだった。

「ガルガ!夜にはまだ早いじゃねえか。この辺にお前好みの洞窟なんてないぜ!」

「とっぼけやがってこの極悪人の親不孝者がよォ!用があるのはてめえだ糞コゴロー!もとい、御用だってんだ!」

「極悪人…御用…!?どういうことだ!」

「しらばっくれんなゴラァ!無い耳かっぽじって聞けやオラァ!」

ガルガが自らの影に手を突っ込むと、ぬるぬると一本の書簡が現れた。

「鉄拳ハーツ・コゴロー、てめえを逮捕する!…罪名は竜大使リュウビどのの殺害だ。」

更新:2016/05/23

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