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2. 渦中の4カ国会議

*註:緑の国の王の名が分からないためここでは「緑の王」とする。人物像もほぼ不明であるため、筆者の推測に基づく。

 マジン歴4024年辰の月、地球の低緯度海域にて、有史以来最強の勢力を誇る超竜巻・災九龍が発生した。程なくして青の国と赤の国の国境地帯に上陸した災九龍は、地をえぐり、村を破壊し、木々をなぎ倒す甚大な被害を残した。その後災九龍は再び海上に離脱し、現在は大洋に留まっているが勢いは衰えを見せず、その影響で波は荒れ、海路からの被災地支援は滞っている。元々陸路が発達していない地域だけにその影響は甚だしい。また国境地帯であるために、食料を巡る略奪や戦闘への発展も懸念されている。まさに危機的状況であった。

 事態を打開すべく、緊急の4カ国会議が開かれようとしていた。会議が行われるのは緑の国の天空都市は四界議事堂である。 出席したのは緑の王、青の国のキングドラゴン、銀の国のアビシニアン、そして此度の会議の提案者である赤の国のブラックベガ、加えて各国の代表者の後ろには従者が3人ずつ控えていた。

(全く、嫌な予感がするな…。)

 緑の王は心中穏やかでなかった。今回の大災害で被害を受けているのは現状青の国と赤の国であり、空中都市を持つ緑の国と月面基地を本拠とする銀の国の地上領土は災九龍からまだ距離がある。もちろん災九龍被害に関心がないということはなく、青の国と友好関係にある緑の国では支援の声も高まっており、地上環境へのダメージは4国の社会経済にも深刻な影響を及ぼすと認識していた。しかし緑の王が今抱いている不安因子は災九龍ではなく、この会議の提案者が魔鬼王ブラックベガであることだった。

 被害対応を部下たちに任せ、傷ついた母国を離れてこの会議へ赴いたキングドラゴンは、感情を抑えてはいるが、表情から酷く沈痛な思いが伝わってくる。本来なら単身で竜巻の中へ突入せんとするような性分であることは、緑の王もよく知っていた。

渦中の4カ国会議

 対するブラックベガは、極めて落ち着き払っていた。元より考えの読めない男であるのは分かり切っているが、王の勘が、水面下で渦巻くどす黒い思惑を予見していた。

 そもそもブラックベガと緑の国の間には国家成立当初からの”因縁”がある。今回の4カ国会議こそブラックベガの提案であるが、世界秩序のために4カ国会議という制度を整えたのは緑の国である。この制度の成立まで、ブラックベガがこの空中都市に立つことさえ許されなかったほどに”因縁”の根は深かった。

   ◇ ◇ ◇

「にぇー…此度の災九龍、被災地である赤の国と青の国には、深~~く同情いたします、ニャ。」

 そう述べたのは銀の国の代表者アビシニアンだった。鼻にかかる猫なで声(実際ネコ型ロボットではある)に、後ろで控えていた緑の国の従者たちは眉をしかめた。

(何が同情か…。この有事の会議に国家指導者ではなく一評議会議員が代表として顔を出し詫びの言葉もないとは、事態を舐め腐っているのが透けて見えるンジャ!)

 従者の一人、老練の将ズンドコ・Eジャンは酷く苛立ちを覚えた。普段なら腹太鼓を打ち鳴らして雷を呼ぶ勢いだ。現在の銀の国の事実上の指導者は発明家でありサイボーグのMD1であるが、あのツラを思い出してもEジャンはズドンと一発かましたくなるのであった。しかし、アビシニアンに対する不満を漏らす間もなく、キングドラゴンが口を開いた。

「…このような場を設けていただいたこと、真に感謝いたす。既に申し上げた通り、災九龍の被害は甚大だ。さらに通常の竜巻と異なり勢力が衰える気配もなく、それが救助と支援の妨げとなっておる。再上陸した場合の被害は計り知れん…。可能であるなら、人為的に竜巻の勢いを抑える策も講じるべきと考えているが…。」

「心中お察しする。我々緑の国も支援は惜しまないつもりだ。しかし災九龍そのものへの手立てについては、風の精霊たちすら考えあぐねているのが現状で…。」

「うんニャ!実はそのことで吾輩から提案がありますのニャ!」

 緑の王の言葉を遮ったのはアビシニアンであった。先ほどのやる気のない挨拶からは予想だにしなかった言葉である。

「ニョホン!吾輩十三賢者アビシニアン、ここにマザープロジェクトを立案するニャ!災九龍の勢力を減衰させるにはがむしゃらに攻撃しても焼け石に水…そこで!我が国の封印されたマザーコンピューターを復活させ、その情報処理力を駆使してアンチ・災九龍を作り出し、災九龍を相殺して消滅させるのニャ~!」

 アビシニアンが示した壮大な策にみな一瞬閉口した、が、キングドラゴンが真剣な眼差しで異議を唱える。

「確かにそれは災九龍を消滅させるには最も効率的な手段じゃ…が、マザーコンピューターを起動させるにもアンチ・災九龍を作るにも、莫大なエネルギーがいるのではないか…!?」


「いや、方法はある。…クリスタルを使えばいいのだ…。」

 そう口にしたのは、沈黙を守り続けていたブラックベガだった。その言葉、その存在感に、場の空気は一変した。緑の王が声を荒げる。

「貴様…何を言っている!クリスタルは我が国の命だぞ!!」

「貴公こそ何を言っている?先ほど、"支援は惜しまない"と申したばかりではないか。それとも、より良い対案があるのか?」

 ベガの赤い瞳を向けられた緑の王は言葉を返せず、唇を噛みしめた。後ろで身を乗り出さんとしているEジャンを抑えるシャガラとギガンテたちを尻目に、ブラックベガは立ち上がり、勇猛に語り始めた。

「緑の王、キングドラゴンどの、私は両者の心情に深く共感する!クリスタルは緑の国が国家成立当初より、死力を尽くして守り続けてきた世界の宝だ!しかしその力は世界のために使わねばならん!この会議の間にも被災地の我が国民たちは、災九龍によって重傷を負った者も適切な治療を受けられず、食料も得られず、瓦礫でせき止められ淀んだ川に浮かぶ腐った魚を齧り飢えをしのいでいるのだ!あの荒れ狂う風の凶行に、風の精霊たちも嘆いているであろう…この絶望的状況に、銀の国のアビシニアンどのが一筋の光明を差してくださったのだ!」

「照れるニャー。」

 ベガの演説を聞いたキングドラゴンの顔つきは一層険しくなり、全身が強張る。世界を支えるとも言われる莫大なエネルギーを持つクリスタル…それをマザーコンピューターのために使うとなれば、クリスタルを銀の国へと移送することとなるだろう。その事の重大さ――よからぬことへ利用されるリスクを、キングドラゴンも重々承知していた。しかし、災九龍被害に苦しむ国民たちの姿が、頭の中で渦巻いて消えないのである。

 苦悶の表情を浮かべるキングドラゴンの姿を見て、緑の王はさらに血が滲まんほどの力で拳を握りしめた。ブラックベガの演説は見事としか言いようがなかった――マザープロジェクトに従わない者を、人でなしの鬼畜生と言わしめるには。

(この……鬼め……!!)

   ◇ ◇ ◇

 程なくして、4カ国会議の決議が下された。銀の国・赤の国・青の国、3国の賛成により、マザープロジェクトを決行し、それに伴いクリスタルを銀の国へと移送する、と。

 4カ国会議の決定は極めて重いが、3国以上の賛成が無ければ可決されることはない。4国の成立当初より緑の国と青の国、赤の国と銀の国はそれぞれ友好な関係であったため、4カ国会議は行使の力でなく互いの抑止の力として働いてきた。それがこの制度を整えた緑の国の狙いであった。しかし、災九龍という未曽有の大災害――そして、水面下で渦巻く恐るべき狂気を前に、長きに渡り守り続けた秩序は崩れ去ろうとしていた。

更新:2015/10/12

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